Netflix映画『聖なる証』物語ネタバレと感想評価「愛、奇跡、虐待、信仰、洗脳」




「それは奇跡か虐待か」Netflix映画『聖なる証』が深く面白いので物語ネタバレと考察、そして海外のレビューを紹介。観終わった後に考えて楽しめる映画を一緒に堪能しよう。

Netflix映画『聖なる証』物語ネタバレ「少女は本物聖人か?偽物か?」

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Netflix映画『聖なる証』作品情報

配信日:2022年11月16日(米国)
上映時間:1時間48分
制作:アイルランドイギリスアメリカ
公式サイト:Netflix
言語:英語アイルランド・ゲール語
別名
Диво
The Wonder
撮影場所:アイルランド
制作会社
Element Pictures
Element
Fís Éireann / Screen Ireland

あらすじ

イギリス人看護師のリブ・ライトはアイルランドの小さな村で4ヶ月間食事をしないで生きている奇跡の少女アナが本当に聖人であるのか?偽物なのか?を証明するために派遣されるが…彼女は即座に”隠れて食事をしている”と診断するが両親、町の住民、そしてアナ自身がそれを頑なに否定する。

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スタッフ・キャスト

監督
セバスチャン・レリオ
脚本
エマ・ドノヒュー
セバスチャン・レリオ
アリス・バーチ
原作
エマ・ドノヒュー

キャスト
ナイアム・アルガー…アナ・オドネル
フローレンス・ピュー…リブ・ライト
デヴィッド・ウィルモット…ショーン・ライアン
ルース・ブラッドリー…マギー・ライアン
ダーシー・キャンピオン…ライアンの娘

フローレンス・ピューといえば「

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Netflix映画『聖なる証』物語ネタバレ

ナレーションが現代の撮影スタジオの中に作られた、映画のセットを映し出しながら

”これから映画「聖なる証」が始まる、みなさんにはこの物語を信じてほしい。”
”1862年アイルランド人は英国が原因で大飢饉で苦労したと一方的に憎んでいた。”

物語は1862年のアイルランドから物語は始まる。

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4ヶ月食事を取らない少女アナ

イギリス人看護師のリブ・ライトはアイルランドの小さな村を訪れ、”食事を4ヶ月しない”少女アナ・オドネルが聖人として周辺住民に崇められ見物客が集まっていること、しかし彼女が本当に食事をしていないのかリブを含む看護師2人で証明するためにこの地に派遣されたことがわかる。

リブは草原にポツンと立つ一軒家を訪れる。アナの母、父と出会ったリブは早速2人に質問するがアナは至って健康であること、食事を取らないことを説明する。彼女の元に身なりの良い貴族のような夫婦が来客しており帰り際に”献金箱”にお金を入れると、彼女を調べようとしているリブに対し侮蔑の目線を向けると”彼女は奇跡(ワンダー)よ”と映画のオリジナルタイトル(The Wonder)とつぶやき退出する。

リブはアナに会い診察をすると、健康体であることがわかり、お腹は空かないのか?と聞くと”天からマナをもらっているから満たされている”と答えるのだった…。

が、リブは冷静に分析しすぐに”彼女は隠れて食事をしていることを見抜くが、なぜこんなことのために私を派遣したのか聞くと、雇い主の男は”座っているだけで金を稼いでいるオドネル家の茶番をさっさ証明して帰れ”とオドネル家を信じる教徒たちと村人たちの間には溝があることがわかる。

夜になり薬のようなものを服用したリブは、赤ん坊の靴下から突き出した針に指を刺して血を舐めると酩酊状態になりベッドに横たわっていた。

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穏やかな殺人

翌日、神父と写真家がアナを訪れ彼女の姿を神々しいと称賛しながら写真を撮っていた。ロンドンの新聞記者ウィル・バーンが奇跡の少女を取材に来た。看護師の見解を聞きたいようだったが、金を稼ぐためにどんなことでも書く記者を嫌っていたため断る。

アナの母親に食事について質問をするが”キリストの血と肉”を食したのが4ヶ月前の最後の食事だとはぐらかすのみで真実を話そうとはしない、もう1人の”修道士”の看護師と交代するタイミングで情報共有をしようとしたが”話せない”と立ち去ってしまうのだった。

夜になり再びリブは針を刺して血と薬を飲む姿が映し出されるが、まるで贖罪のように見える。

修道女は相変わらず彼女が見たことを何も話さないためリブはアナの健康状態の観察と会話を続ける。アナはまるでそう言うように洗脳されているかのように全ての解答に聖書を引用している。しかし亡くなったアナの兄の話になると”必ずしも兄は天国に行ったとは限らない”と何かを訴えるような言葉を吐くのだった。

翌日、平等な観察を行うため家族であっても接触を禁じていたが就寝前の祈りだとアナを全員で抱きしめお祈りの言葉をささげていたため家族と引き離す。新聞記者のウィルはさっさとペテン師たちの真実を見抜いてほしいと思っているようだったが、引き離すと食事をするタイミングが失われ本当に彼女は食事をしない聖人として死に崇められてしまうのではと警告する。

アナは弱っているが食事をしない、しかし確実に彼女の体は蝕まれていた、ある日の健康観察の時、アナは歯が抜け落ちるのを見て狼狽する。アナの母から新聞記者ウィルの家族は道端で死ぬことを恥という文化を守り家を内側から封鎖して壮絶な最後を迎えたことを知る。

家族との接触を禁じてからアナは確実に衰弱していっていると両親に訴えるが、母親は娘との接触を禁じたからだと言うため、リブは父親にあなたから食べるように説得してくださいと伝えるも、父親は”彼女に食べろと言うなと二度も言われている”と誰かに強く口止めされていることを暗に訴えると母親も何かを言いたげに目を伏せる。

翌日、”アナの母親はスープを食べさせて”と言われスープを持っていくも食事を拒む。ウィルはこれは”穏やかな殺人”だとリブに警告する。一緒に散歩をしたときに栄養失調でふらふらになっているアナは散歩中についに倒れる。

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彼女が断食を繰り返す理由

対照的に生きるために食事をするリブはふと思いつき、接触を禁じた途端に弱っていったこと、母親のキスは神聖という言葉からアナは母親から口移しで食事を摂取していたのではと聞くと”聖なる秘密だったのに”と認める。なぜ食べないのか?と聞くと断食を続けるのは”過去に9歳のアナに毎晩性的虐待を繰り返し地獄に落ちた兄の魂を救うため”だと母に言われたからと白状する。子供のアナはそれでも兄の行った行為は愛であり、私も兄を愛しているからこそ断食を続けたいと本気で思い込んでいた。

委員に朝と夜に聖なるキスとして親鳥が雛鳥に餌を与えるように口移しで食事を与えていたと伝えるが、”嘘だ”とアナを一蹴、もう1人の修道士は見ていないと嘘をつく。委員の前にアナを連れて”食事をしたか?”と質問するも天のマナを摂取しただけですと否定する。そのアナの表情には死相が浮かび上がっている。

エンディングネタバレ「母として人として」

アナの死は近い。

母親も選ばれし者だからと頑なに否定する。歩み寄り自分の子供を失ったこと死ぬこと、母親として聖なるキスをしてくれと訴えるが母親は拒否してしまう。

アナ以外の家族がミサに行く間にアナを連れ去りきちんとした医療を受けさせようと画策する。2人きりになったリブはアナに草原の泉に連れて行き、あなたは生まれ変わるのよと優しく伝えアナに死を受け入れさせ一度目を瞑らせると、アンとして生まれ変わった(と思い込んでいる)アナはアンになったの?とリブに聞きリブが手渡した穀物をついに口にする。見届けたリブはアナの家を放火して立ち去るがその際に手を火傷する。

委員に報告書を提出。そこにはアナは確かに死んだ経緯を詳細に記してあり、家が燃えた原因は蘇生処置をした際にランプが落ちて燃え広がったこと、そしてそのために火傷を負ったことを伝える。

委員は”餓死させたことを隠せて良かった””燃えたことで聖地にできる”など勝手に良い方向に捉えていた。ウィルの新聞記事暴露記事のおかげで緩やかな殺人だったが、”誰にも罪はない”と追求されていないこと、このような子供への身勝手な行為は個人だけではなく、大英帝国で行われており、見捨てられた子供たちが毎日路上で死んでいる。だからこそ世界は聖なる証を求めているのだ。と締めくくっている。

そしてリブはウィルとアナと合流し家族になると、一緒にアメリカシドニー行きの船に乗り乗船時に自分の名前を”アン”と伝え、客船の中で豪華な食事に手をつけるシーンで物語は終了する。

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海外の感想評価 IMDb:6.6/10

8/10
幼少期の虐待、トラウマ、家族

私は子供の頃、虐待を受けていたことを認めます。ひどく。この映画は、魂の半分は家族に忠実でありたいと思いつつ、本当の自分は逃げ出したいと思っているから、私の心に響くのです。1800年代には選択肢はありませんでした。
宗教のためにどれだけの子供たちが死んだか、神のみぞ知る、です。この映画は、そのような動きから逃れようとすることを描いているのです。美しい映像、完璧にフィットしたスコア、そしてセットデザインと雰囲気がとてもインパクトのある作品に仕上がっています。
私は病気になったが(肉体的に、子供の頃はいつも病院かベッドにいた)、なぜそうなったのかわからず、家族に忠誠を誓っていた。今、治ってみると、それは虐待を受けたからだとわかります。この映画はそのことに触れています。詳しくは書きませんが、非常にパワフルな映画です。お楽しみに。(このレビューを書きながら、悲しいかな涙が出ます)。

8/10
1860年代のアイルランドを舞台にした心理劇/道徳劇

The Wonder」(2022年アイルランド公開、109分)の冒頭で、私たちは紹介される。英国人看護師リブ・ライトは、家族が4ヶ月間食事をしていないと主張する11歳の少女を観察するため、アイルランドの辺境に派遣される。それとも、彼女は食べていないのだろうか?リブは、地元の修道女とともに、8時間交代で少女を観察することになる…。この時点で、映画開始10分前。
コメント:本作は、高い評価を得ているチリ人監督Sebastian Lelio(『Gloria』、『A Fantastic Woman』)の最新作である。Emma Donoghueの同名の小説を映画化した。私はこの小説を読んでいないので、映画が原作にどれだけ忠実であるか(あるいは忠実でないか)についてはコメントできない。映画は、1860年代のアイルランドの時代を反映し、意図的にゆっくりとしたテンポで進んでいく。しかし、映画が進むにつれて、少女の両親、医者、教区司祭、そしてもちろん看護婦のさまざまな視点による宗教に関する道徳劇という、全体像がようやく見えてくる。フローレンス・ピューは、数ヶ月前に主演した『ドント・ウォリー・ダーリン』に続き、今回も英国人看護師を堂々とした演技で演じている。この映画には、イギリスの作曲家マシュー・ハーバートの素晴らしい音楽が使われています。アイルランドでロケされた写真も、同様に一流だ。結論から言うと、この映画は最初から最後まで私の心を掴み、最高の形でどこからともなく現れるような映画である。
「The Wonder」は、11月上旬に米国で非常に短い期間限定劇場公開され、昨夜Netflixで配信が開始されたばかりです。現在、Rotten Tomatoesで86%のCertified Freshと評価されているが、これには理由がある。私はこの映画を見るのが待ちきれませんでした。1860年代のアイルランドの田舎町を舞台にした心理ドラマ/道徳劇で、フローレンス・ピューの素晴らしい主演作を見たい気分なら、ぜひチェックして、自分なりの結論を出すことをお勧めする。

2022年12月10日時点のrottentomatoesの評価

9/10
信仰と詐欺

吸い込まれるような静かで素晴らしい映画。エマ・ドナヒューの作品に基づいた素晴らしい脚本。
スクリーンの中で起こっていることに、観客は巻き込まれていく。どんな展開になるのかわからないまま、期待に胸を膨らませてエンディングを待ち、それがこの作品を魅力的なサイコスリラーにもしている。セバスチャン・レリオの素晴らしい監督作品だ。
物語の舞台は、人口が激減したアイルランドの大飢饉から約10年後。このような背景が物語に影響を与え、計り知れない苦しみから立ち上がる人々という映画の環境になっている。そして、生存者たちの宗教的熱情も説明できる。
オドネル一家の行動の動機も理解できる。すべての俳優が、彼らの緊迫した状況に見事に肉薄している。特に、フローレンス・ピューは力強い演技を見せている。このようなニュアンスの演技。Don’t Worry Darling』での彼女に感心したなら、ここでの彼女ははるかに優れている。そして、キラ・ロード・キャシディは、このような若い女の子にしては、文句なしに才能がある。おそらく、ロザリーン役の俳優が実の母親であることに刺激されて、アン役を熱演しているのだろう。
この作品からは、多くの教訓が得られる。信仰は人を極端に誤らせることがあるのだろうか。

8/10
オリジナル

フローレンス・ピュー主演のイギリス人看護師は、1860年にアイルランドに渡り、初聖体以来4ヶ月間何も食べていない11歳の少女を見守ります。彼女は、アイルランドの村に奇跡が起こる可能性を証明するか、反証するために雇われたのだ。
この少女はキラ・ロード・キャシディが演じており、ピューさんと共に画面に映し出された彼女は、自分の力を十二分に発揮している。本作のほとんどは、2人の見事な演技による2人芝居に近い。
全キャストが素晴らしいが、主役の二人があまりにも良いので、予測不可能なストーリーに釘付けになった。
カトリックの信者でありながら、しばしば疑念を抱いている私としては、この素晴らしい映画を強くお勧めしたい。

まとめと感想

冒頭でさっさと彼女は隠れて食事をしていると看破した彼女の理論的科学的な意見を一切無視して頑なに彼女は食事をしていないと言う母親が聖なる口づけで口移しで食事をしていたこと。死んでほしくないがアナの兄がアナに性的虐待をおこなっていたこと、地獄に落ちたと思い込ませ彼女の贖罪と思い込ませて家族や神父たちが画策して聖人に仕立て上げるという鬼畜の所業。と思っていたのだが、私が日本人で特定の宗教に属していないという点から簡単に言い切るのは失礼な気がする。なんというかこの宗教的な部分が喉に引っかかっていた。

しかし海外のレビューに興味深い言葉があったので改めて紹介したい。

8/10
幼少期の虐待、トラウマ、家族

私は子供の頃、虐待を受けていたことを認めます。ひどく。
この映画は、魂の半分は家族に忠実でありたいと思いつつ、本当の自分は逃げ出したいと思っているから、私の心に響くのです。1800年代には選択肢はありませんでした。
宗教のためにどれだけの子供たちが死んだか、神のみぞ知る、です。
この映画は、そのような動きから逃れようとすることを描いているのです。美しい映像、完璧にフィットしたスコア、そしてセットデザインと雰囲気がとてもインパクトのある作品に仕上がっています。
私は病気になったが(肉体的に、子供の頃はいつも病院かベッドにいた)、なぜそうなったのかわからず、家族に忠誠を誓っていた。今、治ってみると、それは虐待を受けたからだとわかります。この映画はそのことに触れています。詳しくは書きませんが、非常にパワフルな映画です。お楽しみに。(このレビューを書きながら、悲しいかな涙が出ます)。

子供目線では愛、信仰で埋め尽くされていても、客観的に見て虐待であり、穏やかな殺人という言葉もしっくりくる。そうか、この部分に引っかかっていたのだ。アナは辛いだろうけどもこれも愛だ、親の、神の愛と思い込まざるを得ない状況だったこと、おかしいけどおかしいと言ったら家族に迷惑がかかるかもしれないと幼いながらも押し込み押し込み耐えて自分を洗脳していたのかもしれない。虐待された子供、配偶者たちが依存してしまう症状に見えてくるとまたこの映画の見方が変わるかもしれない。

最後の新聞記事でも、”誰にも責任はない”とされている。
彼女を見捨てた両親、委員、医師がクソ野郎だったことをしれっと暴露しながらも、この街だけではなく世界でこのように誰もが聖なる証を渇望しているこの世の中が原因。だから仕方ないんだよね。って締めくくる言葉もなんとも。

唯一アナがアンとして生まれ変わり食事に手をつけていたのが嬉しい。

よくぞここまでこんな凄惨な事件をエンタメに昇華させたものだと感心してしまう。なんとなく子供にも見てほしいなーと思ったが、劇中フローレンス・ピューがいきなり新聞記者ウィルとsexを始めてしまったりするの子供と見れないのが残念である。

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